■歴史に名を刻んだ最狂の男”ヒットラー”が”ヨーロッパで最も危険な女性”と評した女王!!■
今は無き4つ目のロイヤルワラント、”エリザベス皇太后”のロイヤルワラントとイギリス国民が称えるその人物像。
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以前にもこのブログで紹介をした、4つのロイヤルワラントが入っているイードレヴェンスクロフトのシューズ等ご紹介をしましたが、覚えていますでしょうか
現在は3つしかない事は、もちろん朝飯前にご存じだと思いますが、
”エリザベス皇太后”のロイヤルワラントが過去に存在した
そのロイヤルワラントがこちら画像1枚目です。
現在の”エリザベス女王”のロイヤルワラントと似ていますので、違いを見ておきましょう(^^)/現女王は右がユニコーンですね。
そして本日は、
このエリザベス皇太后(こうたいごう)とは何ぞや!!?をもう少し深堀したいと思います。
エリザベス皇太后、、
ざっくりいうと現女王であるエリザベス女王の母親です。
2002年死去、享年101歳と、かなり人生を全うされたようで、
というより色々波乱万丈あった様子。
第二次世界大戦中は、自身が敵兵の侵入に備えて拳銃の撃ち方を学んだり、
ロンドンがドイツ空軍による大空襲にさらされる中で、自身がロンドンを離れることも子供を疎開させることもせず、
「子供たちは私のもとを離れません。私は国王陛下のもとを離れませんそして、国王陛下はロンドンをお離れになりません」
と語っていたとか。
さらに、バッキンガム宮殿が空爆の直撃を受けた時には、
「爆撃された事に感謝しましょう。これでイーストエンドに顔向け出来ます (I’m glad we’ve been bombed. It makes me feel I can look the East End in the face. ) 」
と言い放ったと。
エリザベスは現に、
軍、病院、工場、さらにドイツ空軍の爆撃目標となった場所、特に低所得者の多いロンドン港湾近辺のイーストエンドを何度も慰問している事もあり、、
イギリス国民の”士気”を励まし奮い立たせる”精神的支柱”となっているエリザベスを
かのアドルフ・ヒットラーは”ヨーロッパで最も危険な女性”と評していたのだとか。